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人間、”心”に決めた事なら必死に叶えようとする

叶わないのは心に決めていないから

 沖縄のホテル滞在2日目。パンケーキが食べられるホテルのレストランへ行くと既に予約がいっぱいで、他のレストランで食べることになりました。スタッフに聞くと、開店前の6時から並んでいるお客様のいるそうで、8時半に伺った私は全然間に合っていませんでした。

 

 その人気のレストランで朝食を食べるチャンスは残り1日しかなく、どうしてもそこでパンケーキやエッグベネディクトを食べたくて、開店1時間前の朝の5時半に起きて並びました。普段は7時〜8時くらいに起きることが多く、朝はゆっくりとしていたい私ですが、目覚ましがなる前に体が自然と起きて身支度をサクサク進めておりました。

 

 それ以外にも早起きして”やろう”と決めたことを叶えた経験が日本一周中に何度かありました。その経験から、人間、叶えたい事のためならば難なく行動してしまうのだと思いました。例えそれが普段ならやりたくない事でもです。

 

 この「叶えたい事」というのは”心”に決めた事であって、頭で考えた事ではないものだと思っています。と言うのも、「あれやりたいな〜」と考えても実行に移さなかった事もたくさん有りました。苦手だけれども実行して叶えた事と、やりたいけど実行しなかった事の違いはなんでしょう。

 

体が勝手に動いた時、時刻が決まっていて、やる事もはっきりしていて、チャンスはそれきりしかなくて、能力に関係なくできる事だった様に思う。

反対に、実際に行動しなかった時はチャンスや時間のゆとりがまだあって、今を逃してもいつでもできてしまう状態で、やっても思う様な結果にならないのではと疑いながらの状態だった様に思います。

 

 決断という言葉は”やる”と決めて、自分との約束を守る事ですが、”心に決める”のは決断に近いものだと思います。叶えたい事でも”心”に決めたかどうかが先ずは大事なのではないかと思います。

 

 そして心に決めるには具体的な行動がはっきりと言葉で表現できて、それを実行する自分を想像できていなければできないのだと思います。はっきりと言い表せないと決めようがないのでしょう。

 

また、能力に関係なく実行できることを決めるのであって、できるのかどうか自身が分からないものや、未来の結果を定めるものではない点に注意したいですね。

 

 最後に、機会がまだあるものだと思って先延ばしにできるものは叶いませんね。”今”やらない事は後でも結局やらない。叶えたい事であっても、”今”叶えると心に決めた事でないと今日の行動には繋がらないのだと思います。

 

 

結果ではなく行動を

言葉にできる行動を

今叶えたいか見定めて

どうしても叶えたいと心に決めたならば

体は自然と動く

心に決めるのは訓練で習慣になるか?

 もしも”心”に決める事で叶えたい事へどんどん行動できたとしたら、やりたかった事、なりたい自分、手に入れたい未来へとずっと近づくことができると思うが、この「心に決める」というのは誰でも習得できるものだろうか。そして努力して習得できたとして、それを日常的に自然とできてしまう習慣へと変わるものなのか。自分がこれから検証する事のなのではっきりとした事は言えないが、個人の才能に関係なく努力する事で意識してできる様になり、それが更に意識しなくても楽々と実行してしまえる様になったら良いなと思います。

 というのも、毎回毎回凄い心の負担を感じて決断して葛藤しながら行動するのは大変だと思うからです。何事も習慣化されたり経験してできる様になった事ならば楽々と実行できたりします。ただ、それが才能を必要とするものだと一部の人にしかできない事なので、誰もが人生を楽しめる技術として確立できたら良いなと思います。

 

これから検証です。